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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)506号 判決 1977年10月21日

理由

一  訴外会社(訴外新東洋魔法瓶株式会社)が昭和四一年九月二六日から昭和四二年二月二〇日までの間に本件各手形(原判決別紙目録記載の1ないし9の約束手形九通)を受取人欄白地で三星化成(訴外三星化成株式会社。ただし原審証人真木一市の証言によると、正確には株式会社でなく、商号三星化成工業所という同人の個人企業である。)に振出交付し、その後右各受取人欄に原判決別紙目録1ないし5の各手形については大鳥(訴外大鳥株式会社)、同6ないし9の各手形については新菱産業(訴外新菱産業株式会社)の各会社名が補充して記載され、被控訴会社が右各会社から本件手形の裏書譲渡を受け、それぞれ満期に支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶されたこと、訴外会社がすでに倒産したこと、控訴人らが本件各手形の振出当時いずれも訴外会社の代表取締役であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件各手形の支払を受けられなくなつたため、その手形金合計額金二六二万九五〇〇円と同額の損害を被つたのであり、控訴人らは、本件各手形の振出当時、これを決済し得る見込のないことを知つていたか又はその見込がきわめて乏しいことを予見し得たはずであつて、本件各手形の振出について悪意又は重大な過失があつたから、商法二六六条ノ三第一項に基づき、連帯して被控訴人に対し右損害を賠償する責任があると主張する。

ところで商法二六六条ノ三第一項前段の規定に基いて第三者が株式会社の取締役に対し損害賠償を請求するには、当該取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する善良な管理者の注意義務(商法二五四条三項、民法六四四条)、忠実義務(商法二五四条ノ二)に違反して第三者に損害を被らせたことを要すると解される(最高裁判所昭和四四年一一月二六日大法廷判決)ので、以下この点について検討する。

訴外会社が、昭和四一年五月一四日、淀魔法瓶工業株式会社の商号(昭和四二年五月二六日新東洋魔法瓶株式会社と商号を変更した。)で、魔法瓶のガラス瓶体の製造を目的とし、資本金二〇〇万円で、旧会社(株式会社新東洋魔法瓶製作所)の第二会社として設立され、右旧会社の債務につき(その全部についてか一部についてかの点は除く。)債務引受をしたことは、当事者間に争いがない。

《証拠》によれば、旧会社は、控訴人村上が代表取締役としてその経営に当り、主として三星化成から硼砂、硼酸、亜鉛華等のガラス原料を仕入れて魔法瓶のガラス瓶体の製造をしてきた会社であるが、昭和三九年頃から業界の景気が次第に不況となり、昭和四一年に入つて製品の納入先が次々と倒産し、その未収売掛金が六五〇〇万円にも達したため、旧会社も資金ぐりに行きづまつて昭和四一年三月頃倒産するに至つたこと、そこで控訴人村上は債権者の協力を求めて旧会社の内整理をし、同控訴人とともに控訴人斉藤をも代表取締役とする訴外会社を前認定のように旧会社の第二会社として設立し、旧会社の債務のうち金融機関に対する債務については旧会社所有の土地を処分して返済し、他の債権者の一部には債権を放棄してもらい、三星化成に対する債務約六〇〇万円については、訴外会社が債務を引受けてその営業による収益から逐次支払つていき、その支払のため訴外会社が額面三〇万円の約束手形二〇枚を振出して三星化成に交付するが、期日に支払えなかつたものについては書替を認めることで三星化成の了承を得、右約束手形二〇枚を訴外会社代表取締役控訴人斉藤の振出名義で名宛人白地のまま振出して三星化成に交付したこと、訴外会社も旧会社と同様控訴人村上がその経営に当つてきたが、控訴人斉藤は控訴人村上に経営の一切を任せたままであつたこと、控訴人村上は訴外会社の代表取締役として右約束手形金のうち約半分の三〇〇万円位は訴外会社の収益で支払つてきたが、そのほかの分については前同様の振出人名義で手形の書替をくり返し、最後に書替えたものが本件各手形であること、訴外会社は三星化成から旧会社時代に引きつづきガラス原料を仕入れてきたが、その買掛代金は製品納入先の手形や現金で支払つてきたこと、そして訴外会社も昭和四二年三月末頃までには倒産して本件各手形の支払ができなくなつたのであるが、その主要な原因は、製品納入先の近畿魔法瓶株式会社が倒産し、その売掛代金一二〇〇万円の回収ができなかつたためであること、以上の事実を認めることができ、原審証人真木一市の証言中右認定に反する部分は前掲控訴人村上力蔵本人尋問の結果に照らし信用しがたいところであり、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

右認定の事実からすると、本件各手形は訴外会社が旧会社の債務を支払うためさきに振出した約束手形を書替えたものであつて、訴外会社としては、本件各手形の振出によつて、すでに負担していた債務の支払期日が延期されるだけで、新たな債務を負担することになるわけではないのであるから、控訴人村上が本件各手形を振出した際期日にこれを決済できる見込があつたかどうかにかかわらず、これを振出したことをもつて訴外会社の取締役として会社に対する善管義務、忠実義務に違反したものということはできない。

控訴人斉藤は右認定のように控訴人村上に訴外会社の経営を一切任せ、本件各手形の振出についても同様であつたものであるが、控訴人村上に本件各手形の振出につき右義務違反が認められないのであるから、控訴人斉藤についても右義務違反を認める余地はないというべきである。

三  そうすると、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも失当というほかなく、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は取消を免れない。

よつて、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消した上、被控訴人の本訴請求を棄却する

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)

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